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神戸地方裁判所 昭和40年(レ)112号 判決 1966年10月26日

控訴人 辛万寿こと山口仙田郎

被控訴人 田中辰雄

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人が別紙<省略>第一目録記載の土地につき、賃借権、使用貸借権を有しないことを確認する。

被控訴人のその余の請求(当審における予備的請求も含む)は、これを棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の負担とし、その余は被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担する」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の主張(被控訴人の請求を含む)および証拠の提出、援用、認否は次に記載するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

被控訴代理人は当審において、予備的請求として「控訴人は、被控訴人に対し、別紙第二目録記載(一)、(二)の各建物(以下本件建物と略称する)を収去して、別紙第一目録記載の土地(以下本件土地と略称する)を明渡せ」との判決を求め、その請求原因として

控訴人は、昭和三三年二月二日被控訴人に対し、控訴人が本件土地を不法に占拠している事実を認め、本件建物を収去し本件土地明渡を約した。

そこで被控訴人は、控訴人に対し、右約定に基き、本件建物を収去し本件土地明渡を求める。

と述べ

控訴人の抗弁事実につき

(1)、控訴人主張のような仮換地指定のあつたことは認める。なお本件建物は本件土地(従前の土地)上にある。しかし被控訴人は従前の土地についての所有権に基き、本件建物収去土地明渡請求権を有するものである。

(2)、控訴人主張のように、被控訴人が本件土地を訴外西尾清光に賃貸したことは認めるが、控訴人が同訴外人から、本件建物および本件土地賃借権を譲受けたことは否認する。

なお右訴外人の借地としての本件土地使用目的は、同訴外人が経営する浴場「白湯」の燃料置場とすることにあり、建物の所有を目的としたものではない。従つて右賃貸借契約について借地法の適用はない。

仮に控訴人主張のように、前記賃貸借契約につき、借地法の適用があり、かつ控訴人が昭和二五年三月一八日右西尾から本件建物の所有権および本件土地の賃借権を譲受けたとしても、被控訴人と右西尾は、昭和二四年一二月初旬既に右賃貸借契約を合意解除したから、控訴人は本件土地につき、何等の権利も有しない。

又前記のとおり、控訴人は被控訴人に対し、本件土地の不法占拠を認め、本件建物収去土地明渡を確約している。

従つて以上いずれの理由によるも、控訴人は本件建物につき、借地法一〇条による買取請求権を有しない。

と述べた。

控訴代理人は

予備的請求の請求原因事実および被控訴人主張のような賃貸借契約の合意解除の事実を否認し

抗弁として

(1)、本件土地については、神戸市施行の土地区画整理事業により、昭和三三年四月八日仮換地の指定が既になされている。

従つて被控訴人は、本件土地(従前の土地)につき、所有権に基く建物収去土地明渡の請求権はないものである。

(2)、仮にそうでないとしても、控訴人は昭和三五年三月一八日本件建物を訴外西尾清光らから譲受け、同年四月一一日その取得登記を了したものであり、同訴外人は昭和二一年九月一三日被控訴人から、本件土地を賃借し、本件建物を建築所有していたのであるから、控訴人は本件建物を譲受けると同時に、同訴外人から右賃借権を譲受けたものである。

従つて被控訴人が右賃借権の譲渡を承諾しないときは、借地法一〇条により、時価をもつて本件建物を買取ることを請求する。その時価は金八〇〇、〇〇〇円が相当である。

と述べた。

証拠<省略>

理由

一、本件土地が被控訴人の所有であることは当事者間に争いがない。

二、控訴人の本件土地使用権原の有無および借地法一〇条の主張について

(1)  控訴人が本件土地を被控訴人から直接賃借したとの主張については、本件全証拠によるもこれを認めることはできない。

(2)  次に被控訴人が、昭和二一年九月一三日本件土地を訴外西尾清光に賃貸したことについては、当事者間に争いはない。

ところで、控訴人は本件建物を訴外西尾清光から買受け、同時に同訴外人から本件土地の賃借権を譲受けたと主張するので、この点につき検討する。

控訴人が本件建物を同訴外人から買受けたとの主張にそう原審証人源治民三の証言部分は、後記各証拠に照して容易にこれを措信しえず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。かえつて成立に争いのない甲第一号証の二、原審における控訴本人尋問の結果成立の認められる乙第一号証および原審証人源治民三(前記措信しない部分を除く)、当審証人西尾清光の各証言を総合すると、本件建物は訴外西尾清光の妹西尾愛子が結婚した際、同女の夫の実家から、同女らの居住のため送付された組立住宅用材料によつて、建てられたものであること、その後同女がその所有権者となつたものであること、右建物は訴外西尾清光が被控訴人から借受けていた土地の一部である本件土地上に、被控訴人の同意を得て建てられたものであるが、その敷地使用権につき何等取決めはなく、同訴外人は従来通り一括して同土地の賃料を支払い、愛子から特に地代を徴していたものではなかつたこと、間もなく同女らは本件建物に居住する必要がなくなり、同女はこれを周旋業者を通じて、昭和二五年三月一八日控訴人に売却したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

そうだとすると、控訴人は本件建物の前所有者西尾愛子から、本件建物を買受けたものであり、同女は本件土地をその賃借人訴外西尾清光から無償で借受けていたものというべきである。そして控訴人において、控訴人が同女から、右建物敷地使用権を取得したことおよびそれを被控訴人に対抗しうることについては、何らの主張もない。

尤も乙第二号証には、訴外西尾清光が昭和二五年三月二五日控訴人および豊田某の両名に、本件土地を賃貨した旨の記載があるけれども、当審証人西尾清光の証言によつては、同号証の成立を認めるに足りず、他に右書証の成立を立証する証拠はない。

しかも仮に控訴人が、昭和二五年三月一八日訴外西尾清光から本件建物を買受け、本件土地の賃借権を譲受けたとしても、それより先の昭和二四年一二月初旬、後記認定のように、被控訴人は、訴外西尾清光と、前記賃貸借契約を合意解除しているのであるから、控訴人は本件土地の賃借権を取得するものではない。従つて借地法一〇条の適用の余地もないものというべきである。

即ち原審証人田中きぬ江の証言によつて成立の認められる甲第六号証、原審証人田中きぬ江、当審証人西尾清光の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件土地を含む約五九五平方米(約一八〇坪)の土地は、被控訴人の母親と、訴外西尾清光の母親とが、それぞれの子の代理人として交渉の結果、訴外西尾清光において、これを賃借することとなり、昭和二一年九月一三日から同訴外人経営の浴場「白湯」の燃料置場および野菜畠として使用していたこと、その後同訴外人の妹が結婚するに至り、前記のとおり、本件建物が建築されたこと、同女が間もなく本件建物から出て空屋となつていたこと、同訴外人は昭和二四年一二月頃、同訴外人経営の浴場を神戸市内荒田町に移転させ、前記賃借土地を返還する旨被控訴人方に申入れたこと、右土地返還時、本件建物が空屋であつたこと、右土地賃借料が昭和二四年一二月まで支払われその後支払われていないことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない、

右認定事実を総合すると、被控訴人主張のとおり、昭和二四年一二月初旬、右賃貸借契約は合意解除されたものと認められる。

そして控訴人において、控訴人が本件土地を使用しうる権原を有することにつき、他に何等の主張立証もないから、結局控訴人は本件土地使用につき何等権原を有しないものということができる。

三、本件土地所有権に基く本件建物収去土地明渡の請求について

本件土地につき、昭和三三年四月八日仮換地の指定がなされたこと、本件建物が本件土地(従前の土地)上に存在することについては、当事者間に争いがない。

そこで本件のように、土地区画整理法により、仮換地指定がなされた場合、従前の土地上にある物件に対し、従前の土地の所有権に基き、妨害排除請求権が認められるかどうかについて検討する。

凡そ物権的請求権は、物権が客体に対する直接の排他的支配権であるということ即ち物権は物権者の力が現実に直接物の上に及びうることの権利であるという本質に基くものである。従つて物権としての実効を得るため、その現実の支配権が侵害されあるいは侵害される虞れのある場合には、これを排除ないし予防する力を認められるものである。

ところで土地区画整理法九九条一項によると、仮換地の指定の効力発生の日から、従前の土地の権利者は、その土地につき、従来有する権利の内容である使用収益権を行使できなくなるものと規定され、従つて土地所有権者の場合、当該土地に対する直接の支配権を失い、ただ観念的な所有権の帰属者たるに過ぎないものとなる。そして右失われた支配権の内容と同内容を有する使用収益権が、同条項により、仮換地先に認められるから、新たに認められた仮換地先に対する支配権に基き、仮換地先に対する妨害排除等の請求権は認めうるところである。しかし従前の土地については、前記のとおり現実の支配権を失うから、物権的請求権の認められる基礎を欠くものというべく、従つて従前の土地の所有権に基く物権的請求権は成立し得ないものと解される。

そうすると、本件土地(従前の土地)の所有権に基く本件建物収去上地明渡請求権は認められないものというべきであるから、被控訴人の本件土地所有権に基く本件建物収去土地明渡の請求は理由がない。

四、次に被控訴人は、予備的に控訴人との間に本件地物収去土地明渡の約定のあつたことを主張し、右約定に基き、本件建物収去土地明渡を求めると主張し、控訴人はこれを争うのでこの点を検討する。

山口仙太郎名下の拇印の押捺については争いなく、真正に成立したものと推定される甲第二号証、原審証人田中きぬ江、同源治民三、当審証人山口荘一(後記措信しない部分を除く)の各証言、原審における控訴本人(後記措信しない部分を除く)および被控訴本人各尋問の結果を総合すると、控訴人は戦災後その子らと共に、被控訴人所有の神戸市灘区水道筋二丁目二番地の土地上に無断でバラツク建物を建築し、居住していたところ、不法占拠として、被控訴人から、立退を請求され、その訴訟に敗訴して、訴外源治民三の斡旋により、控訴人は本件建物を取得し、本件土地上に居住するようになつた。控訴人は本件土地は訴外西尾清光の所有土地であると思つていたところ、間もなく被控訴人から、その明渡を要求されるに至つた。そこで控訴人は、被控訴人に対し、本件土地の不法占拠を認め、再三右土地の賃借方を懇請したが拒絶され、その後も被控訴人は、控訴人に対し、本件土地明渡の交渉を続け、昭和三三年二月二日控訴人は、被控訴人に対し、本件建物を収去して本件土地を明渡す旨確約したことを認めることができる。

しかしながら、右確約は、単に控訴人が本件土地の不法占拠を認め、その当然の義務として本件建物を収去して本件土地を被控訴人に明渡すことを約したにすぎず、これにより、新に被控訴人に対し、明渡義務を負担した契約とは解することができない。

すると右契約の成立を前提とする被控訴人の予備的請求は理由がない。

五、以上の次第で被控訴人の本訴請求は、右認定の限度においてのみ理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却すべきである。

よつて被控訴人の請求を全部認容した原判決はこれを変更して、民事訴訟法九六条九二条本文、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上喜夫 宮地英雄 小林茂雄)

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